TOPスペシャルゲスト > vol.30-1 中村獅童 インタビュー

Special Guest

スペシャルゲスト

Vol.30 Special Interview The Great Historic Entertainer of JAPAN SHIDO NAKAMURA

SHIDO NAKAMURA The Great Historic Entertainer of JAPAN

Photographer:Tomokazu Sasaki(nomadica)/Hair&Make up:masato for marr(PRIMAL)/Styling:Tetsuro Nagase(talahashi office)
撮影協力:KIRK MEN’S FORMAL青山店(ハット、ステッキ)

『表参道はよく行きますよ。学生時代は古着屋に行ったりとか、しょっちゅう。今も夜歩く事なんかもありますね。ほんと僕がちっちゃい頃ですが、祖母がコープオリンピアに住んでいたんで、表参道近辺は馴染みがあるんです。
庭って程ではないけど、バンドやっていた頃なんかは、ライブの前には原宿界隈の古着屋に行って…10代の頃は原宿、表参道、渋谷あたりはずっと歩いて移動していたんです。今も表参道を通ると、ほっとしますよ。都会にいる感じがして。』

そう語るのは歌舞伎役者 二代目中村獅童。
おおよそ歌舞伎役者らしからぬその風貌で、歌舞伎界に新しい風を吹き込む男だ。彼が最初に大きく注目されたのは、歌舞伎ではなく映画「ピンポン」。強面の“ドラゴン”役をオーディションで射止め、数々の賞を受賞したのだ。
父から息子へその芸を受け継いでいく世襲制がほとんどの歌舞伎界に於いて、彼は非常に不利な立場からその歌舞伎人生をスタートした。まだ彼が幼い頃に、父親である初代 中村獅童が歌舞伎役者を辞めてしまったのだ。
以来、母親と二人三脚で歌舞伎以外にも様々な事にチャレンジし、そして今日の“歌舞伎役者 中村獅童”を築き上げてきた。後ろ盾が無い彼にとって、歌舞伎界で座頭を務めるのは非常に大変な事。しかし昨年、明治座での「十一月花形歌舞伎」で遂に念願の座頭公演を務めた。

『歌舞伎を本格的にはじめた18、19歳ぐらいの時に、最初はやっぱり「主役やってくことは難しいですよ」って言われたんですが、この年になって座頭やらせていただけるようになったということは感慨深いものがあるし、それは大変ありがたいことです。その時は母が元気だったんで、自分の想い云々よりも、母の喜んだ顔が何より嬉しかったですね。それも含め、いろんな想いがこみ上げました。』

8歳で歌舞伎座の初舞台を踏んだ獅童少年は、学生時代はバンドを組み、ロックに傾倒した事もあった。
音楽で身を立てることも考えたと言う。しかしロック好きの少年は日本の伝統芸能を、自らの生業に選択した。

『小学生の頃、歌舞伎の舞台に出ていることには、学校では一切触れてほしくなかったんです。その後中学、高校に入って、思春期の頃も、みんなと同じなのに“いや、あの子は、歌舞伎の子なんだよ”って言われるのがものすごく嫌だった…。
何かこう、特別扱いされることにすごく抵抗を感じていて、学校では学校の自分、歌舞伎では歌舞伎の自分でいたかったんです。小学生の時に「小川くん(本名)が演っている歌舞伎ってどういうの?」ってクラス中の人にわぁーっと聞かれて、ものすごくそれが、恥ずかしい…っていうか、聞かれることが嫌で、下を向いちゃった時に、クラスにいたある男の子に「歌舞伎はね、おじいちゃんとかおばあちゃんが観るんだよ」って言われて、複雑な気持ちになりました。その子も子供のくせにすごいこと言うなって思ったんですけど、やはり“お年寄りが観るもの”というイメージは、今もどうしても強いとは思います。』

中村獅童

『色々悩んで、歌舞伎じゃない道もあるかなって思ったりしましたよ。
ちょうど大学生の時、学校の授業で歌舞伎を観に行ったんです。自分が生きてきた世界を、客席でちゃんとチケット代を払って観客として、客観的に観ることは初めてだったので、その時に初めて自分が生きてきた歌舞伎界が、ものすごく新鮮に映ったんですよね。観終わった後はレポートを書いたりして。
で、何が良かったって、「歌舞伎、意外と面白いよな!」なんて、生身の10代の学生の意見を聞けたのが嬉しかったですね。普通のロックとかバンドやっているような学生でも「歌舞伎すげーな」「俺ギターやっているから、三味線ばっかり気になっちゃったよー」なんて言う、生の声が聞けたから、「あ、こういう学生の人たちが観ても歌舞伎って面白いんだ」、って思ったんです。自分も観客としてすごく楽しめて、何か、「悪くないな」って思いました。
そういう歌舞伎を知らない人たちに、歌舞伎のカッコ良さを伝えたいっていう気持ちが芽生えたのはその時ですね。』

『歌舞伎は難しいことも沢山あるけど、ちょっと思考を転換すると、面白いですよ。
例えばファッションを好きな人たちはコスチュームに着目して観るだろうし、僕もファッションの仕事をやるけれど、歌舞伎であれだけ色々なコスチュームを着けるから「歌舞伎の衣装が一番楽しいでしょ?」ってどんなファッション関係の人でも言いますもんね。それぐらい歌舞伎っていうのはファッショナブル。
僕はいま歌舞伎役者だけど、バンドでプロを目指そうかと思ったこともあるくらいロックも好きだったので、ロック好きな10代の少年という一面や、ファッション好きの一面もあって。だから、歌舞伎の中にはそういう、様々な要素が凝縮されているんだと判った瞬間に、「これ、もしかしたらめちゃくちゃ楽しい世界なのかな?」って思ったんです。ガツーンとくる感動っていうのは、ロックも歌舞伎も同じだし。
学校にいる時の“一般人・小川幹弘”の感性も持っていて、でも、“歌舞伎”で街にいる若者を振り向かせられるような存在に、自分がなれたらいいな、と思ったし、そういう存在であり続けないといけないと思っています。』

少年時代の“小川幹弘”が心に今でも居続ける、中村獅童。彼にとってロックも、歌舞伎も同じように“カッコいいこと”であり、“感動する”エンターテインメントであったのだ。
そんな中村獅童がこの春挑んでいる舞台が「海峡の光」だ。4月11日から、よみうり大手町ホールのオープニングシリーズの演劇公演第一弾として選ばれた本作は、辻仁成の芥川賞受賞作品で辻自身が脚本、演出を手がけ、舞台化された。函館を舞台に、少年時代にいじめを受けた少年 斉藤と、いじめを仕組んだ同級生 花井が大人になり、看守と受刑者という逆転した立場で再会することから始まる物語だ。中村獅童が演じるのは、受刑者の花井。彼は今回、この屈折したキャラクターを演じる事を自ら望んだのだ。敢えてその役を選んだのには理由がある。

『花井が、「何でこういう風になったのかな?」っていう、はっきりした理由が無いところにやりがいがあると思うんです。本の中で説明されてないところが。そこには演者である自分なりの想像があったり、観客である皆さんの想像もちろんそうだし、本だったら読者もそうですよね。そこに何が“正解”、何が“不正解”ということはなくて、この原作を自分なりにどのように感じて、どのように表現できるか?っていうところが、自分にとっての挑戦でもあるから、非常にやりがいのある…難しい役だとは思うけど、難しいことにも挑んでいかないといけないなと思うんで…そんなところが花井役をやってみたいと思った理由ですね。』

中村獅童