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Special Guest

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Vol.43 Special Interview Colors of the Heart GO AYANO

Vol.43 Special Interview Colors of the Heart GO AYANO

Photo:Satoshi Miyazawa (D-CORD management) / PhotoManipulator:Satoshi Ozawa, Rika Imai (FIGHT CLUB CO.,LTD) Hair & Make up:Mayu Ishimura Styling:Kazuhiro Sawataishi (SEPT)

Rise to the Challenge

魅きつけられる、存在感。心に刻み込まれる、演技力。映画・ドラマ・舞台で、変幻自在に役を生きる男。いまや出演オファーが絶えることがないほど、日本一忙しい俳優としても知られている男。Omosan STREETは、その俳優の独占インタビューをやっと実現した。そう、彼の名は、綾野剛。彼が演じる役はいつだって、目が離せない。彼にしか出来ない演技、彼だからこそと思える作品。何故、こんなにも質量を感じるほどの印象を残す役者なのか。綾野剛とは、一体どんな人間なのか。このインタビューでは、綾野剛の言葉のひとつひとつが、印象的で彼の人間性を感じるものだった。そして、スタジオに入って直ぐ、彼の第一声はこうだった。

「取材を始める前に、今、震災で九州では大変なことになっていて、そういった時にも関わらず今日はお越し頂き、感謝しています。ありがとうございます。何かの力になれたらと思っていますので、宜しくお願い致します。

と深々と我々に頭を下げ、インタビューは始まった。その綾野剛が主演の最新作、映画『日本で一番悪い奴ら』は、間違いなく彼の俳優人生に名を残すものと言っても過言ではない。演じる一瞬、一瞬に綾野剛は全てを注ぎ、その一瞬一瞬で綴られるワンシーンが人の心や記憶に、一生残る。そんな演技を新たに魅せてくれた作品だ。そして彼が本誌に向けて語ってくれた言葉も、やはり綾野剛の演技同様、心に残るものだった。

映画『日本で一番悪い奴ら』の撮影が終わった瞬間、綾野剛は監督・白石和彌に“次、何やりましょうか?”と言ったと言う。そして彼はこの作品の現場を唯一無二の現場で、白石監督との出逢いも唯一無二と語った。もちろんこれまで挑んだ作品の現場、監督との出逢いも唯一無二ではあったが、きちんとこれを公言して明言するのは、初めてと言う。その映画の原作は、稲葉圭昭氏の「恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白」(講談社文庫)。日本警察史上の最大の不祥事と呼ばれる驚愕の実際の事件をモチーフに、北海道警察・刑事の壮絶な26年間を描いた。綾野剛は主人公、諸星要一を演じた。年齢にあわせて体重を10キロ増減させるなど、外見を変貌させながら正義を貫くアンチ・ヒーローを、綾野剛は誕生させた。そして、諸星を慕う“S”(エス)となる男達には異色のキャスティングが、また本作を唯一無二のものにしている。兄弟分となる暴力団幹部・黒岩役に中村獅童。諸星を慕い“S”として仕える山辺役には役者としても注目される、HIPHOPアーティストのYOUNG DAIS。盗難車バイヤーの役に日本語はペラペラだが、外国語は全くしゃべることが出来ない植野行雄(デニス)。異色なキャスティングによって生まれる演技は、主演の綾野剛をさらに夢中にさせる現場となった。綾野剛がクランクアップで、白石監督に言った言葉“次、何やりましょうか?”。それは簡単に言える一言でなかったことを、綾野剛は話してくれた。

「最後の撮影が終わって、白石監督に“また次何やりましょう?”って言った瞬間に、自分がこの作品以上の努力をしなければいけないっていうのは決まっているわけです。自分を奮い立たせて、鼓舞して、自分を成長させた形でまた白石さんと共に歩み、走り、闘っていきたいという思いが非常に強かった。自分でハードルを上げているようなものです。“次、また何やりましょう?”と白石さんに言っても“お前に次何ができるの?”って言われてもおかしくない。ですから、“やっぱりまた持ってきたね。”“また、面白いものつくれたね。”ということを続けていきたいです。

唯一無二と言えるほどの監督との出逢い、もの凄い影響力があったのだ。

Vol.43 Special Interview Colors of the Heart GO AYANO

「僕なんかが映画のことを語るのは非常に愚の骨頂ではあるんですが、美しい映画が増え、そして美しいものでトゲがあるものがだいぶ無くなってきて。でも、美しいもので評価されている作品はいっぱいある。美しいものとか、カッコイイ人、可愛い人というもの。美しいものでトゲがだいぶ無くなっている中、そういうものが、興行成績が上がって色んな結果を残したり。映画がどこか弱体化してきていると判断されるのかって思った時に、コンプライアンスの問題やモラルが挙げられますが、自分はこの作品で白石監督や全キャストと出逢えたことで、何か映画だからできること、既成概念みたいなものも、そもそもそれも置いておいて、白石監督とだったら何ができるんだろう?ということで良いなって思ったんです。監督のことを語りたいと思わせてくれた白石さんに出逢えたのは、非常に大きかったです。もの凄い影響力です。」

綾野剛をそこまで思わせる白石監督との本作。彼のその想いは、全シーンと言っていいほど、彼の演技で溢れ出している。

「この主人公は、凄く愛情が深い人だと思います。僕は自分がやった役を肯定することはまずないですし、否定もしません。ですが、この主人公は、どこか共感できるっていうことを超えている様な気がしていて。自分は役に対して全く共感というものを求めないのですが、愛おしかったですね、非常に。ある種の真っすぐさが。組織の中で一人の男がどう生きたのか。本当に主人公は、日本で凶悪犯罪が無くなる為に、日本が豊かな国になるためにやってきたことなんです。拳銃さえなくなれば、この国が安全になると。その中で色々ズレてはいくんですが、ブレてはいないんですよね、全く。ですからこの作品は、ひとつの組織、そこにうごめく人間達の人間讃歌。「最」に「狂」で、最狂最愛の人間讃歌の映画だと思います。」

白石監督が描こうとしたもの、綾野剛が挑んだものは、狂わしいほど、最愛の人間讃歌なのだ。綾野剛が初めて芝居をした日は、2003年7月4日。今年の7月で役者として13年目となる。しかし、彼はその年月を振り返ることを必要としない。

「このまるまる12年、13年目の間に、個人的にたくさんのテーマがあったのだと思います。それは、あまり話をしてきてないんですけど。例えば10周年の時に、取材をしたいとお話を結構いただいたのですが、基本お断りしていました。10周年なんて、たかが知れていますし、自分にとって通過点に過ぎなかったからです。それよりかは今日までやってきた作品にターニングポイントがあったと思っています。」

そう言い切れるほど、綾野剛が想い、求め続けているのは、過去より、常に“今”なのだ。

「役者を始めた頃というのは、“表現を諦めたくない”凄くざっくりとした抽象的な表現ではありますけども、“表現することを諦めない”ということを掲げてやってきて、その後に足の無い鳥じゃないですけど、もう飛び立ったら着地できない状態にする。足の無い鳥で、飛び続ける。そして、その飛び続けている間に、体力も気力も失われて、どんどん墜落しかける。その時にどう羽根を強くして、長い間飛んでいられるか。ということに自分は意識があるのです。その次に“どう転ぶかよりもどう立ち上がるか”ということに終始していました。振り返りたくても走っていたので、それは今も変わらないですけど、根本的に大きく変わったのは、昔は走りながら振り返って転ぶんですよ(笑)。走りながら振り返るから、何回も転ぶんです。怪我も多くなるし、どんどんボロボロになっていくんです。でも今は、振り返る時はちゃんと立ち止まって、ゆっくり振り返って、前を向いて、また走り出すっていう意識が多分強いのかなと。」