TOPエンターテイメントOmosan Angle vol.26 幅 允孝

Omosan Angle

オモサンアングル -フォトコラム-

オモサンエリアで活躍する
クリエイターのフォトコラムを紹介します。

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僕の両親がいま住む鹿児島県の山奥では、こんな話をよく聞く。
「新しいトンネルができたから、山道より10分くらい
町まで早くなったよ!」。
こんなことを嬉々としてしゃべっている。平和である。
が、まさか東京都の港区でも、人を喜ばせる道づくりが
まだ可能だとは驚いた。

僕の会社は根津美術館の近く、南青山の4丁目という住所だ。
交通の不便はまったくないが、唯一困っていた点といえば、
恵比寿・代官山方面に車で抜けにくいということ。
そちら方面での打ち合わせは少なくないが、
いざ運転して向かうとなると大変。
西麻布まで迂回してUターンしたり、骨董通りから住宅街の細道を
右往左往して、えんやこら駒沢通りまで辿り着いていた。
だが昨年、新しい道ができた。根津美術館の前から、
ブルーノートを左脇に見て、骨董通りも越えてしまう。
六本木通りも華麗にクロッシングして、直接駒沢通りまで
つながったというわけだ。
ドライバーにとっては画期的。

だが、ここで僕がいいたいのは、久しぶりに有益な税金の使い方をみた!
という私的に身勝手なことではない。
それよりも、その道が新たにできる以前、そこに何があったのかを、
僕は一瞬思い出せなかったということだ。

僕たちは、街を見ているようでいて、みていない。
通り過ぎる風景はたしかに視界に入っているけれど、
こんな近くの場所ですら曖昧にしかとらえていなかったのだ。
好きな焼きそばパンのお店。
たまに顔を出す居酒屋。
納豆チャーハンが絶品の中華。
自分と結びついている場所は、ちゃんと憶えている。
けれど、毎日眺めているものであっても、自身との結び目がない場所は
瞬く間に吹き流されてしまっていたのだ。
多分、風景以外のものや情報、人だってそうなのだろう。

今年の6月は、事務所物件の更新時期だった。
家賃も安くないし、いろいろ迷ったけれど、結局再契約をお願いした。
僕はもう少しこの街に留まって、
自分との結節点をふやしてみたいと思っている。

写真・文 / 幅 允孝

幅 允孝

ブックディレクター BACH (バッハ) 代表

人と本がもうすこし上手く出会えるよう、様々な場所で本の提案をしている。伊勢丹新宿店本館地下2階 「ビューティアポセカリー」や、羽田空港と原宿にある「Tokyo's Tokyo」などショップでの選書、千里リハビリテーション病院のライブラリー制作など、その活動範囲は本の居場所と共に多岐にわたる。著作に『幅書店の88冊』 (マガジンハウス) がある。最近では『本の声を聴け ブックディレクター幅允孝の仕事』(著・高瀬毅 / 文藝春秋) が刊行。

http://www.bach-inc.com/